ねかはくは 花のしたにて 春しなん そのきさらきの もちつきのころ (山家集)-西行 ※
東京では30日にも桜が満開になるという。奇しくも、今年はその日が如月の望月。桜は日本人の死生観に、何故、結びつくのか。この季節になると、よく問われるお題である。そういう日本人の死生観として難解なのは「海ゆかば」という歌なんではなかろうか。
海行かば 水漬(みづ)く屍(かばね)
山行かば 草生(くさむ)す屍
大君(おおきみ)の 辺(へ)にこそ死なめ
かへりみはせじ
私も最初にこの歌詞を見たときには、なんのことなのかワケワカメw
ググッてみても、的を射たページにはなかなか辿り着けぬばかりか、誤解だらけ(と、私は思った)。それほど、この歌は難解なんだと思う。いや、実は、歌は難解でも何でもなく、我々の感性にこそ問題があったのだ。
ポイントは「かへりみはせじ」なんであろうと思う。水漬く屍、草生す屍、大君の辺にこそ死なめ-で、軍国主義云々と頭の悪い者が叫ぶw いつもの見飽きた景色であるw そういう馬鹿は、屍や死にばかり眼が逝ってしまって、かへりみはせじwww
「かへりみはせじ」で、実は明転していることに気づかないのだ。つまり、この歌はどう生きるべきかの決心を示しているのだ。水漬く屍となっても構わぬ、草生す屍となっても構わぬという、生きる指針、決心。そのような決心を本に、揺るぎない生き方をする。これは凄まじいまでのエネルギーと言ってよい。
さらに難解なのが-大君の辺にこそ死なめ-である。ここが現代日本人に失われつつある感性なのであろう。しかし、簡単に言ってしまえば「大君の辺」とは「志」のことなのである。
これは別の側面から説明すると判りやすい。例えば、昨年、某国営放送で山村に生涯を捧げる決心をした医師の姿が放映されていた。
アンコール (2009年10月27日放送) | NHK プロフェッショナル 仕事の流儀
http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/091027/index.html
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あの時点で、医者を辞めるか、或いは、かなり訴訟問題でややこしくなって、雁字搦めになって、患者さんもダメになるけど、自分もダメになる。両方ダメになると思っていたので、まさか帰りの車の中で「こういうことは誰にでもある。お互い様だ」なんて言葉を掛けて貰えるとは思ってもいなかったんで、びっくりしましたね。
そういう人たちのいる、この地域の雰囲気っていいますか、そこの、こう、人間性の豊かさというか、心の広さにね、本当に驚きました。
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上記番組の趣旨に異を唱える者はいまい。人と人との触れ合いに感動し、人生を変えられてしまったというのは美談ではあっても、批難される類のものではない。そこに「志」が生まれたからである。この中村医師の心中を汲むならば、「かへりみはせじ」となるであろう。
大君の辺にこそ死なめとは、そういう意味なのである。そういう理解ができるならば、海ゆかばは、実に明るく、前向きで、情に深くも誠実な歌であることが判る。
何故、そのように言い切れるのか。
大君は、我々国民を、古より「大御宝」と呼んでこられたからである。
他国の為政者で、国民を「大御宝」に準ずる呼び方をしていた国があるものか。私はこの一事を以て、日本国を世界最古の民主国家と言って差し支えないと考える。聖徳太子の憲法一七条にも、明治天皇の五箇条の御誓文にも、民主国家としての基本理念が、縷縷、述べられている。-広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スヘシ-とは、聖徳太子の昔からの日本の基本方針に他ならない。つまり、日本の民主主義とは、欧米からの輸入などではなく、聖徳太子の古よりの日本独自の民主主義なのである。
日本は「和を以て貴しとなす」国なのだ。大和とはそういう意味。和とは、私心を排して受け容れ、赦し、愛すること。大和魂とは、大いなる愛の心なのである。大君の辺とは、その大いなる愛の心に近づくこと。つまり、大いなる愛の心に添うべく立てられた志なのである。
明治神宮HPより、教育勅語現代語訳(抜粋)
http://www.meijijingu.or.jp/about/3-4.html
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国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。
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教育勅語を現代語訳で読むというのも情けない限りではあるが、極めて真当なことしか書いていない。
しかしながら、畏れ多くも、こういう真当な姿勢が日本の歴史を貫いているのだ。朝日を浴びて、照り輝くように美しい山桜花。斯くの如くありたい、と日本人は願ってきたのだ。
敷島の大和心を人問はば 朝日に匂ふ山さくら花 - 本居 宣長
※如月の望月に追記




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